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ご報告 [お知らせ]

3月14日午前2時20分、きびたろうが亡くなりました。


この現実を私自身がなかなか受け入れられず、ご報告が遅くなりました。



きびたろうが急逝して2週間が経ちましたが、その悲しみは消えるものではなく、むしろ日を追うごとに いろんなことを思い出し、考え、悲しみと悩みが増していきます。


元気いっぱいだったきびたろう。
甘えん坊だったきびたろう。
優しいお兄ちゃんだったきびたろう。
こむぎとセサミが大好きだったきびたろう。
飼い主である私の愛情を受け入れ、まっすぐな愛情を返してくれたきびたろう。
その きびたろうがもういない。

大好きなきびたろうを偲びながら、きびたろうの死と向き合うつもりで書きます。
少々生々しいことを書きますし、お別れの写真も載せます。長くもなります。
ご了承いただいた方は続きを読んでください。


きびたろう。.jpg





今まで病気ひとつせず、とっても健康だったきびたろうが何故1歳9ヶ月という若さで虹の橋を渡ってしまったのか。

死因は、病死であること以外、はっきりしていません。


亡くなる数日前から下痢をし、お薬を処方してもらっていました。
その間もいつもどおり元気で、食欲もあって、セサミとも朝晩追いかけっこしていたのです。
ちょっと元気がないなと思ったのが12日の夜。
(明日病院に連れて行ったほうがいいかも)と思いながらその晩もいつもどおりきびたろうと一緒に寝ました。
13日の朝、フラフラとするきびたろうをみて、明らかに様子がおかしいと、
朝一番で病院に連れて行きました。


血液検査の値では、肝臓の数値(GPT)が正常値の40倍ほどの値を示しており、当初は何か薬物などをなめてしまい、ショック症状でも起こしているのかと疑われました。しかし、誤飲で生じる副作用が無く、原因不明の「急性肝炎」状態としか判断できませんでした。
そのまま半日入院することになりました。
「5日ほど通院して点滴を打ち、2週間ほどでよくなるでしょう。夜7時前にはお迎えに来てくださいね。」

その先生の言葉から、まさかその晩に永遠の別れが来るだなんて想像もしていませんでした。


夕方5時頃、
「きびたろうちゃんが急変した。」
と連絡が入り、慌てて病院に駆けつけました。


きびたろうは朝からは想像もできないほど容態を悪化させ、ひどい呼吸困難状態に陥っていました。
調子が悪そうだったとはいえ、今朝まで一緒にベッドで寝ていたきびたろうが、なんでそんなに急に重篤状態になるのかが理解できませんでした。

「この容態は明らかにおかしい」
「なぜ急変したのか原因が分からない」
「このままだと、危険」
「今夜が山」
「覚悟してほしい」
「難しいと思います」

理解できない言葉を何度も何度も聞かされ、気がおかしくなりそうでした。

川崎にある高度医療センターに搬送しないと原因が分からないだろうということで、一時はタクシーで連れていこうかとも考えました。
しかし、容態の悪さがストップをかけました。点滴、酸素をはずして搬送する数十分の間に死んでしまう可能性が高かったのです。

数名の獣医師が話し合いましたが、、結果的に原因も、治すための決定的な処置も特定できず。
原因が分からないまま、きびたろうの容態は悪化の一途をたどりました。

点滴、酸素吸入で半昏睡状態のまま、夜を迎えました。

先生は、容態が悪いのでこのまま病院で一晩看ます、と言ってくれました。
点滴や投薬は適切に行なったため、一晩持ちこたえれば、なんとかなるかもしれないと希望をつないで。。。
私は一旦家に引き返しました。
容態が変わったら連絡をもらうことになり、家で待機。

24時頃、容態変わらずの一報。

25時40分、容態若干悪化の一報。主人(ニィニィ)とすぐに病院にかけつけました。

きびたろうは台の上で点滴をうけながら、なき声をあげていました。しかし、視線や態度が明らかに錯乱状態で、時折空に向かって手を伸ばし、しゃべるように鳴いていました。
先生いわく、脳に混濁が生じているとのこと、この症状から、ひょっとすると「FIP(猫伝染性腹膜炎)」の可能性があるとのこと。

※ネットで調べると、FIPとは猫がもともと持っているコロナウイルスがストレスなどにより突然変異し、悪性のFIPウイルスとなり、それに対してアレルギー反応をおこし発症する、と考えられている。効果的な治療法はない。快適な環境だと発症率は低いと書いてある。


私はきびたろうの手を握り、
「きびちゃんお家に帰ろう。こむぎもセサミも待ってるから」
と大声で言いました。
きびたろうにその声は届いたのでしょうか?
一生懸命何かを喋っていました。
でも、もうこの状態では 命が助かる見込みがほとんどないのだということを 先生の真っ赤な目を見て悟りました。

まるで私たちが到着するのを待っていたかのように、きびたろうは口から鼻から血液混じりの水を大量に吐き出し、息を引き取りました。
心肺蘇生を15分ほどしていただき、きびたろうを大声で呼びかけましたが、意識が戻ることはありませんでした。

先生は本当に最期まで泣きながら尽くしてくれて、目の下に隈を作りながらがんばってくれました。
「このような形でお返しすることになって本当に残念です」
と悲しそうに言った先生の言葉を聞きながら、動かなくなったきびたろうを抱き、その場で泣き崩れてしまいました。

なぜ元気だったきびたろうが?

どうしてやさしいきびたろうがこんなに辛い目にあわなくてはいけないの?

疑問と苦しそうなきびたろうの姿が頭をグルグルと回りました。



きびたろうを家に連れて帰り、キレイに拭きました。病気の原因が分からなかったので、こむぎたちとの接触を防ぐためにケージの中に寝かせました。
家に帰ってきて安心したのでしょうか。きびたろうの顔はとっても穏やかで、まるで寝ているようでした。
いつも私のお腹の上で寝ていたきびたろうですから、別々に寝ると寂しがると思い、この晩もきびたろうの横に布団を敷いて一緒に寝ました。
こむぎもセサミもケージの上や横、めいめいきびたろうと一緒に寝ました。

14日は、一日中、ずっときびたろうと一緒にいました。



15日、快晴の中、お葬式をしました。



きびたろうはお花に囲まれ、子猫の時に一緒にやってきたブルドッグのジェームスたちと送り出すことにしました。少しでも寂しくないように。

まるでねているみたいだよ.jpg
※写真をクリックすると大きく表示されます。


こむぎとセサミにも、ちゃんとお別れをさせました。

こむぎお別れの挨拶.jpg


セサミお別れの挨拶.jpg


送迎車が来ました。きびたろうを抱いて連れて行きました。
抱いているきびたろうは 冷たいだけで、まるで腕の中で寝ているような、かわいらしい顔をしていました。

きびたろうがお見合いしたぐーちゃんのママパパが来て下さり、4人できびたろうを見送りました。

立派な法華経をあげていただき、あの大きかったきびたろうはとってもとっても小さくなって 家に戻ってきました。



小さくなってしまった.jpg



きびたろうのお骨を抱きしめながら 気を失うほど泣いてしまいました。
こんな悲しみは今まで味わったことがないくらい、自分が壊れてしまいそうでした。



きびたろうは私にとって息子のような存在でした。依存しすぎていました。

私の視界にはいつもきびたろうがいた。
玄関の扉を開けると一番に飛び出てお迎えしてくれるのがきびたろうでした。
トイレに入っていても扉の向こうにはきびたろうが待っていた。
お風呂も一緒。こむぎと一緒に湯船の蓋の上でリラックスしていた。

いつも一緒だった.jpg

洗面台に向かって化粧をしているときもいつも鏡にきびたろうが映っていた。
「きびたんおいで」と言うと、遠くからでもしっぽをピンと立ててスリスリ~と来てくれた。
寝るときも一緒にベッドに。私のお腹の上にきびたろうの重みを感じながら毎晩眠っていた。

ブログでは伝えきれなかったほど、私はきびたろうといつも一緒でした。
そのきびたろうを失ったことは、言葉で表現することはできません。


立派な男の子に成長した.jpg



きびたろうの死について、結局医学的に原因を特定することはできませんでした。

後日知らせてもらった検査の結果では、数値的にはFIPの「可能性もあった」。
しかしあくまで可能性。
先天的な心臓肥大が要因かもしれないとも。
どちらにしても、長くはなかったということでした・・・・

猫は具合が悪くても外から見えづらい。ギリギリまでガマンしてしまうそうです。とはいっても、きびたろうは実際に下痢をしたり、たまに片目がショボショボしていました。そのことにどうしてもっと対応してあげられなかったのか。

そしてきびたろうは人一倍性格が繊細でもあったのです。

ブログでの報告はしませんでしたが、きびたろうは去勢手術も受けていました。
セサミを迎えると決めた時に、またこむぎちゃんと夫婦になることは困難と分かった時に家族と話し合って決めていました。タイミングなども考え、予定通りの日程で2月1日に手術しました。
最近の写真のきびたろうのしっぽまわりがスッキリしていたのはバリカンで剃られた毛がまだ短いせいです。

去勢・避妊・繁殖については猫を飼っているみなさんそれぞれの考えがあります。どれも猫を愛するがためのものだと思ってますが、お見合いの一件以降、様々な意見を頂いたこともあり、ブログを議論の場とすることを避け、あえて書くことはしませんでした。

何を話していたのかな。こむときび。.jpg


みんなで遊んだ.jpg

元気だったのに.jpg

         ―みんなで遊んだ最後の写真になりました―




いずれにしてもそのことも含め、色々なことが複雑にからみあって、きびたろうの死に結びついていってしまったと感じています。

根本的な原因は、すべて飼い主の私達にあります。

去勢手術は受けさせない方がよかったのか。もっと早くにお医者様に診せればよかったのか。他にも、書ききれない「たら れば」を考えました。しかし、答えは出ません。どこに戻ればきびたろうは助けることができたのか?が分からないのです。そのことが、私に大きな苦悩としてずっと残っています。



27日が二回目の 七日でした。
7日ずつ生まれ変わりのチャンスがあって、7回目の四十九日に完全に生まれ変わるそうです。
それまでは現世にいるんだとか。
亡くなった時間、生まれ変わりのタイミングに音や気配で何かを知らせてくれると友人から聞きました。

深夜2時20分 きびたろうを偲びお骨を抱きながら遺影に向かって話しかけました。もう生まれ変わりに向けて忙しく立ち回っているのでしょうか。
いつかきびたろうが姿をかえて私たち夫婦の元に現れることを待ちながら、生活していくしかありません。



最後に こむぎとセサミについて。ふたりは元気にしています。
暖かい春の日差しに誘われて 女のこふたりして「春」がきています。
セサミもレディの仲間入りです。
こむぎが、泣きつづけていた私の横で、いつもどおりでいてくれたことがどれだけ救いだったか。
セサミは”きびたんっこ”でしたから、時折寂しがって鳴いていました。
ドライなこむぎちゃんにはべったり甘えることが出来ないからか、今は私にべったりです。
その甘える姿はまるできびたろうのようです。
きびたろうの分まで、こむぎとセサミを大切に愛情をもって育てていきます。



長々となってしまい申し訳ございません。

なかなかブログに向かうことが出来ず、写真を見ることも辛かったので、ご報告が遅れ、心配をかけてしまいました。
また、すぐにはムリですが、こむきびセサミのことを書きたいと思っています。

みなさま、今まできびたろうを愛してくださってどうもありがとうございました。

1歳9ヶ月という、あまりにも短い猫生でしたが、きびたろうはモフ男らしく、こむぎに、セサミに、私たち夫婦に、とってもモフ大きな愛をくれました。

きびたろうというかけがえのない宝物を私達と出会わせてくださった神様に感謝するとともに、
生まれ変わるきびたろうの魂に、さらに大きな愛と幸せを与えてくださいますように。

愛しています。.jpg


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